これ以前は、「しんちゃんの舞台裏日記」をご覧ください。

2026年6月12日金曜日

三重県大台町_川添小学校

三重県大台町の川添小学校で焼く30名の全校生におはなし。 
参観日のあとの、子どもたち対象の人権講演会だけど、たくさんの保護者さんが残ってくれました。 
1時間、た~っぷりとおはなしをさせていただきました。 
9割方、大笑い。1割、まじめなおはなしでした。 
川添小学校の子たちは、まじめな意見も、ユニークな意見も、高学年も、それぞれが堂々と自分の言葉で言えるステキな子たちです。 
きっと、学校と家庭が安心できる場所なのでしょう。 
子どもたちにとっては、自分を守ってくれる場所があるというのは、とてもとても大事なことですね。 
ステキな地域です。

素直な子たちです。

保護者さんもニコニコ顔で見守ってくれています。




2026年6月11日木曜日

三重県四日市市_大矢知保育園

四日市市の大矢知保育園で絵本ライブ。 
先週は4才児の親子が対象でしたが、今日は3才児の親子です。 
最初から最後まで、子どもたちの反応に、ぼくもママやパパも大笑い! 
かわいいったらありゃしない。 
子どもの一挙手一投足をおもしろがる。これも、子育ての醍醐味かもしれませんね。

ママやパパと一緒にこちょこちよ。

子どもも大人もにっこにこ!

最初から最後までたのしい!











2026年6月9日火曜日

奈良県_大和まほろば倫理法人会モーニングセミナー

今朝は、奈良県の大和まほろば倫理法人会モーニングセミナーで講話をさせていただきました。 
絵本ライブや講演では、何度も奈良県は訪れていますが、倫理法人会としては初上陸です! 
昨夜は、大和まほろば倫理法人会の森会長、門川専任幹事、尾上副専任幹事らと、食事をしながらいろんな話をしました。 
同志たちとのこういう時間は、とっても刺激になります。 
会場には、三重県の伊賀市倫理法人会から仲間たちや、息子たちが応援に駆けつけてくれました。 
大和まほろば倫理法人会の皆さんのあったか~い雰囲気の中で、たっぷりと「直感から始まる物語」と題してお話をさせていただきました。 
奈良にも仲間が増えました。うれし~い!




2026年6月8日月曜日

25年目の6月8日

25年目の6月8日です。 
25年前に起きた池田小学校事件。8人の子どもたちが亡くなりました。
以下は、25年前、当時のメールマガジンでぼくの気持ちをそのまま書いた文章です。 
毎年、6月8日に掲載しています。 

(以下、2001年6月10日 コミュニケーション・ジャーナル vol.23より) 
 大阪の池田小学校でとんでもない事件が起きてしまいました。 
 当日の昼前に、嫁さんからのメールで事件があったことを知りました。 
「えっ!!」という感じでわけがわかりませんでした。 
 思わず、職場のテレビのスイッチを入れると、ある程度、詳細がわかってきた。 
 小学校の1、2年生といえば、ぼくの娘と同じです。 感情的にならざるを得ません。 
さぞ、恐かったろう、痛かったろう、お母さんが来てくれると思ってたろう…。 
思わず、仕事中であるにも関わらず、涙が出てきました。 
その日は、仕事が手につきませんでした。 

夜中、家に戻ってから、子供たちの寝顔を確認すると、ホッとしたけど、全然すっきりしません。 
 お茶をすすりながら、嫁さんとの話の中心は、当然、この事件のこと。 
 話していると、抑えきれなくなって、「かわいそうに…」とグショグショになって泣きました。 
亡くなった子供たちの命と交換できるものなら、ぼくの命を差し出したかった。 
たぶん、結婚以来、嫁さんの前で大泣きしたのは、初めてのことです。 
嫁さんも一緒に泣きました。 
何ともいえない一日でした。 

犯人は、もちろん憎い。 憎いどころか、この世から抹殺したい。 
でも、亡くなった子供たちには、ぼく自身、なぜか「ごめんな」って謝りたいんです。 
犯人に対する憎悪よりも、こんな社会しか作ってこなかったおとなのひとりとして、「ごめんな」なんです。 

テレビニュースで、犯人の父親に、ドア越しでインタビューしているシーンが出ていました。
あの父親の反応が信じられませんでした。 
まるで他人事のように淡々と話しているんです。 
犯人があんな事件を起こしたのは、あの父親との家族関係も影響があると思います。 
つまり、おとなが問題なんです。 
あの犯人やその父親と、ぼくは何の関係もありませんが、ぼくは、今の社会を作っているおとなのうちのひとりなんです。 
そういう意味で、やっぱり責任を感じてしまいます。 

偉そうなことを言うと、ぼくはぼくなりに、これまで、"ちゃんとしたおとなの社会"をつくるために様々な活動を行なってきたつもりです。 
この社会でぼく自身が感じた不満や不信感が原点となって、それを変えるための新しい仕組みを創造したい、という思いで、本業以外のプライベートの時間を使って、いくつかのコミュニティ運営の他、様々な活動を行なってきました。 
でも、子供たちの命を救うことには、何の役にも立たなかった。 
 
無力感を感じているのではありません。まだまだ足りないと思うんです。 
今までは、「こういう社会になればいいなあ」という願いだけでしたが、今回の事件で亡くなった子供たちが、ぼくに決心をさせてくれました。 
ぼくは、"ちゃんとしたおとなになるための活動"をやり続けます。 
ぼくらが住んでいる社会を創るのは、どこかの誰かがつくるのでなく、おとなのぼくら以外にないのですから。 

8人の天使たちへ: 何もしてあげられない…、君たちをずっと忘れないことしか。