これ以前は、「しんちゃんの舞台裏日記」をご覧ください。

2025年6月8日日曜日

24年目の6月8日

24年目の6月8日です。 
結果が出ているかどうかわらなけど、24年目もやり続けています。 

(以下、2001年6月10日 コミュニケーション・ジャーナル vol.23より) 
 大阪の池田小学校でとんでもない事件が起きてしまいました。 
 当日の昼前に、嫁さんからのメールで事件があったことを知りました。 
「えっ!!」という感じでわけがわかりませんでした。 
思わず、職場のテレビのスイッチを入れると、ある程度、詳細がわかってきた。 
小学校の1、2年生といえば、ぼくの娘と同じです。 感情的にならざるを得ません。
さぞ、恐かったろう、痛かったろう、お母さんが来てくれると思ってたろう…。 
思わず、仕事中であるにも関わらず、涙が出てきました。 
その日は、仕事が手につきませんでした。 

夜中、家に戻ってから、子供たちの寝顔を確認すると、ホッとしたけど、全然すっきりしません。 
お茶をすすりながら、嫁さんとの話の中心は、当然、この事件のこと。 
 話していると、抑えきれなくなって、「かわいそうに…」とグショグショになって泣きました。 
亡くなった子供たちの命と交換できるものなら、ぼくの命を差し出したかった。 
たぶん、結婚以来、嫁さんの前で大泣きしたのは、初めてのことです。 
 嫁さんも一緒に泣きました。 
何ともいえない一日でした。 

犯人は、もちろん憎い。 憎いどころか、この世から抹殺したい。 
でも、亡くなった子供たちには、ぼく自身、なぜか「ごめんな」って謝りたいんです。 
犯人に対する憎悪よりも、こんな社会しか作ってこなかったおとなのひとりとして、「ごめんな」なんです。 

テレビニュースで、犯人の父親に、ドア越しでインタビューしているシーンが出ていました。
あの父親の反応が信じられませんでした。 
まるで他人事のように淡々と話しているんです。 
犯人があんな事件を起こしたのは、あの父親との家族関係も影響があると思います。 
つまり、おとなが問題なんです。 
あの犯人やその父親と、ぼくは何の関係もありませんが、ぼくは、今の社会を作っているおとなのうちのひとりなんです。 
そういう意味で、やっぱり責任を感じてしまいます。 

偉そうなことを言うと、ぼくはぼくなりに、これまで、"ちゃんとしたおとなの社会"をつくるために様々な活動を行なってきたつもりです。 
この社会でぼく自身が感じた不満や不信感が原点となって、それを変えるための新しい仕組みを創造したい、という思いで、本業以外のプライベートの時間を使って、いくつかのコミュニティ運営の他、様々な活動を行なってきました。 
でも、子供たちの命を救うことには、何の役にも立たなかった。 
 無力感を感じているのではありません。まだまだ足りないと思うんです。 

今までは、「こういう社会になればいいなあ」という願いだけでしたが、今回の事件で亡くなった子供たちが、ぼくに決心をさせてくれました。 
ぼくは、"ちゃんとしたおとなになるための活動"をやり続けます。 
 ぼくらが住んでいる社会を創るのは、どこかの誰かがつくるのでなく、おとなのぼくら以外にないのですから。 

8人の天使たちへ: 何もしてあげられない…、君たちをずっと忘れないことしか。

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